福岡Walking〜小郡市編③〜

福岡Walking

太宰府市編①で竈門神社について調べていると、地元の小郡市にも竈門神社が3ヶ所もあることがわかりました。ということで、今回は小郡の竈門神社3ヶ所をお参りする三社参りウォーキングです。

宝満宮竈門神社について

竈門神社の歴史

宝満宮竈門神社は太宰府市の宝満山の頂上(上宮)と登山口(下宮)にある神社です。

天智天皇(在位668年〜672年)の時代に大宰府の鬼門の位置にある宝満山にや八百万の神々を祀り、大宰府鎮護の神祭を行ったのが始まりと言われています。

次の天皇である天武天皇の時代に、心蓮上人が山中で修行している時に玉依姫命からお告げを受け、それを朝廷に奏上したことで山頂に上宮が建てられました。

中世以降は修験者による信仰が盛んになり、宝満山で修練する山伏が多くいたそうです。

また、下宮については8世紀後半に創建された説などがあります。

戦国時代に入ると戦乱に巻き込まれその勢力は一旦衰退しましたが、近世に入り、小早川氏や黒田氏により再興されました。

現在も「縁結び」、「方除け」、「厄除」の神様として親しまれています。

太宰府以外の竈門神社

竈門神社は太宰府市以外にも各地に存在します。

・福岡県福岡市博多区 竈門神社(櫛田神社内)

・福岡県筑後市 溝口竈門神社

・福岡県三井郡 下高橋竈門神社

・福岡県うきは市 宮田竈門神社

・福岡県うきは市 橘田竈門神社

・福岡県小郡市 西島竈門神社

・福岡県小郡市 古賀竈門神社

・福岡県小郡市 力武竈門神社

・大分県別府市 八幡竈門神社

・熊本県玉名郡 竈門菅原神社

・鹿児島県川内市 竈門神社

ざっと調べただけで結構な数の竈門神社が存在します。

その中でも今回のウォーキングルートの小郡市は三社もあるのです。

竈門神社と鬼滅の刃

鬼滅の刃の大ブームで一躍注目を集めることとなった竈門神社ですが、主人公・竈門炭治郎の苗字と一緒ってだけではなく、その他にも作中に竈門神社との関係を匂わせるところが多々あるそうです。

炭治郎の着物の市松模様

主人公・竈門炭治郎の着ている着物の模様で、自作の布マスクの柄として子供たちも使っているのをよく見る市松模様ですが、この模様が竈門神社のホームページに掲載されている画像にも出てきます。

ホームページの宝満山のページの下の方に修験者の画像がスライドで流れていますが、その修験者の着ている着物が色は白と黒ですが市松模様なんです。

主人公の衣装をデザインする時に、この修験者の着物を参考にしたのかもしれませんね。

巨石信仰

「鬼滅の刃」の岩が話題に 京丹後市の神谷神社
記録的ヒットとなっている「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」で、主人公が修行中に一刀両断する岩とよく似ていると、京都府京丹後市の神谷(かみたに)神社に鎮座する巨岩が…

竈門神社ではありませんが、京都の神谷神社にある巨岩が鬼滅の刃の主人公が真っ二つにする巨岩そっくりだと話題になりました。

この神社では社殿創建前には巨石信仰があったそうです。

竈門神社も宝満山の山中に巨岩があり巨石信仰が見られるそうですので、そこも繋がりがあるのではと言われています。

溝口竈門神社と溝口少年

溝口竈門神社は福岡県筑後市にある竈門神社です。

作中、登場人物である煉獄杏寿郎が竈門炭治郎に名前を呼び間違えて「溝口少年、君の刀は何色だ?」と問い掛けるシーンがあるのですが、この呼び間違いと溝口竈門神社と関係があるのでは?と話題になりました。

なぜ、「溝口少年」と呼び間違えたのかは謎ですが、このことから、太宰府ではなく筑後の竈門神社を鬼滅の刃・真の聖地と言うファンも多くいるそうです。

また、本殿にある欄間の彫刻の模様が主人公の繰り出す必殺技・水の呼吸の波の模様に酷似していることも真の聖地説に拍車を掛けています。

八幡竈門神社と鬼

八幡竈門神社は大分県別府市にある竈門神社です。

作中、主人公たちは鬼殺隊と呼ばれる組織に属し鬼を倒していくストーリーですが、八幡竈門神社には多くの鬼にまつわる伝承が残っているそうです。

また、拝殿内の天井に描かれた水神の龍の絵が主人公の繰り出す必殺技のひとつにシンクロすると言われています。

鬼滅の刃・三大聖地

以上のことから、太宰府の宝満宮竈門神社、筑後の溝口竈門神社、大分の八幡竈門神社の3つの竈門神社がファンの中では三大聖地と呼ばれており、3つの神社全てを巡る三社参りをするファンも多いそうです。

今回のルート

鬼滅の刃ファンの間では3大聖地の竈門神社を回る三社参りがブームだそうですが、今回私は、聖地ともなんとも言われていない、小郡市の3つの竈門神社を巡る三社参りをウォーキングでしていきたいと思います。

スタート地点は小郡イチの買い物スポット、イオンモール小郡の角の交差点で、そこから西島竈門神社→古賀竈門神社→力武竈門神社の順番で周り、元の場所に戻るというルートです。

イオンモール小郡から西島竈門神社(スタート地点から②までのルート)

イオンモール小郡東側のセブイレブンがある交差点を東に進みます。

しばらく直進すると西鉄大牟田線の大保駅(①の地点)にたどり着きます。

大保駅前の踏切を渡り、さらに東に進みます。

そのまま道なりに住宅街、畑の間を通り抜け、住宅と空き地の先にある交差点を右折します。

一つ目の交差点をさらに右折すると、西島竈門神社に到着です。

西島竈門神社(②の地点)

最初に訪れた西島竈門神社ですが、神社内に由来や歴史などが書かれた立て札がなかったので、いつ創建され太宰府の竈門神社とどのような繋がりがあるのかも不明です。

ちなみに、西島竈門神社には神門があり、社殿と神門は東を向いているのですが、鳥居は南向きという不思議な造りをしています。

西島竈門神社から古賀竈門神社(②から④までのルート)

西島竈門神社東の神門を出てまっすぐ進みます。

すぐに左にカーブし突き当たるので右に進み、またすぐ突き当たるので左折します。

しばらく畑の間を通り、突き当たりを右折します。

そのまま大通りの側道に合流するので、道なりに進み線路に突き当たったら左折します。

しばらく進むと、西鉄大牟田線の三沢駅(③の地点)が見えてくるので左折して踏切を渡ります。

道なりに進み、大きめの交差点を左折します(目印は三井校区コミュニティセンター)。

すぐに小郡スイミングスクールが見えるので、その前を右折します。

突き当たりの角を左に曲がると古賀竈門神社に到着です。

古賀竈門神社(④の地点)

古賀竈門神社は、境内に立てられている御由緒によれば、「文化6年(1810年)2月に再建された」とありますが、最初に創建されたのがいつなのかは不明とのことです。

ただ少なくとも、300年以上前からこの地に存在していたのは確かなようです。

御由緒にはこの地は水害や疫病にも無縁で、その恩恵は宝満山や宝満川からの自然の恵みであると考えられており、そのことから宝満山の竈門神社に祀られている守護神を分霊として勧請したと思われると記されていました。

古賀竈門神社から力武竈門神社(④から⑤までのルート)

参道を戻り、鳥居をくぐり、まっすぐ進みます。

しばらく行くと、止まれの標識がある交差点に出るので左折します。

大通りに出たら横断歩道を渡り右折します(車検のコバックが目印)。

大通りを進み、最初の信号を左折します。

児童公園の横を通り、突き当たりを右折し、道なりに進むと力武竈門神社に到着です。

力武竈門神社(玉母宮)(⑤の地点)

力武竈門神社は、御由緒によると創建は承平元年(931年)9月となっており、小郡の地で一番古い建物だそうです。

他の小郡の竈門神社同様、太宰府の竈門神社から分霊の勧請を受けたと思われ、主祭神は玉依姫命となっています。

副神祭として山下影姫命が祀られており、別名「玉母宮」とも呼ばれています。

また、境内のある場所は古墳だったそうで、確かに周りより山形に盛り上がっているなあと感じました。

力武竈門神社からイオンモール小郡(⑤からゴール地点までのルート)

鳥居をくぐりまっすぐ進むと大通りに出るので左折します。

しばらく進むと宝満川に出るので、橋の手前を右折し、河川敷を歩きます。

運動公園の横を通り、次の橋がある交差点を右折ししばらく進めば、ゴール地点の最初の交差点にたどり着きます。

まとめ

今回、スタートしばらくウォーキングアプリのスタートボタンを押し損ねていて計測できてませんでした。

後ほどグーグルマップで計測してなかった距離を測ったら、ちょうど1kmでした。

というわけで、歩いた距離は約8kmでした。

軽い運動にはちょうどいい距離なので、鬼滅ファンのご近所の方はぜひ三社参りやってみてください。

太宰府の竈門神社のように鬼滅ファンの絵馬とかも何にもないので鬼滅感は全く感じられませんが…。

小郡市も鬼滅人気に乗っかって、もっと竈門神社をアピールすればよかったのにと思いますが、今さら乗っかっても、乗り遅れ感満載になってしまいますね。

※本記事に掲載している地図はOpenStreetMapを使用しております。© OpenStreetMap contributors

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